「人生100年時代の終の住処・・」の記事に思う、本当の幸せと母の言葉と

投稿日:2018/11/18 更新日:

こんにちは、ハヤトです。

 

 

『人生100年時代の「終の住処」どこに・・
サ高住で高齢者「選別」の実態』

(11/17 Yahoo!ニュース)

の記事が目に留まり、気になって読んでみました。

「サ高住」とは「サービス付き高齢者向け住宅」のことです。

私には90歳になる母がいます。
数カ月前まで一人で元気に生活していました。
しかし転倒によって大腿骨を骨折し手術を受けた後は、
リハビリ専門の病院を経て「サ高住」でお世話になっています。

そこでは、
身の回りのことを完全に自分で出来る健康な人から、
歩くのが不自由で少しサポートが必要な人や、
認知症で寝たきりの人まで、
様々な人が暮らしています。

私の母は、物忘れはありますが認知症ではなく、
また一人暮らしを再開するためにその施設で
リハビリに励んでいるという状況です。

施設にお世話になることを決めた時、
まず最初に驚いたのは施設の入り口です。

入るときは普通に入れる自動ドアなのですが、
出るときに暗号キーを押さないと出られないようになっているのです。

認知症の入居者が、徘徊によって勝手に出て行ってしまうのを避ける目的なのです。

認知症患者についての話は聞いていて知ってはいましたが
その自動ドアを見て改めでその実態を身近に感じました。

記事に戻りますと、
現在日本には100歳以上の方が約7万人いて、
今後も増加が見込まているそうです。

介護を受けながら暮らすことができる
“終(つい)の住処(すみか)”としての
サ高住も増え、全国で24万戸近くになった、
といいます。

しかし記事では、

 

「サ高住の実態を調べるため、
NHKは今年5〜9月、
全国6646施設にアンケートを実施し、
その約3割、1995施設から回答を得た。
その結果、
要介護認定を受けている入居者のうち
認知症の人の割合は55%に上っている
ことが明らかになった。」

といいます。そして、

 

 

「認知症の入居者の増加は、
サ高住の経営を圧迫している」

らしいのです。

 

 

自由に動くことが出来る認知症患者は、
徘徊などの対応のために余計な手がかかり、
そのための人件費がかさむのです。

ある施設の経営者は、

「きれいごとだけでは
経営が成り立たない現実を知ってほしい」

「経営難を出す売るために、

入居者の「選別」を打ち出し、
介護報酬が高額になる、要介護度の高い人を
優先的に受け入れるようにした」

そしてさらに、

「寝たきりの人のほうが、介護は楽だと思います。
何がベストかというと、
本人さんの意思がないから寝たら寝っぱなし。
もうそれがいいです」

と本音を漏らした、といいます。

このようにして、
認知症で寝たきりの人が優先的に「選別」され、
比較的健康な人や、
特に歩けて徘徊する人はサ高住に入れてもらえない、
というのが現状だと言うのです。

「私ここにいたい。ここにもうずーっといたい」

という87歳の女性が出てゆかざるを得ない、
という話は気の毒でなりませんでした。

高齢化社会の問題はとても根深いものがあります。
一朝一夕に解決できるようなものではないと思います。

設備や人員を整備するのも大事です。

またそれとともに、健康寿命を延ばすこと、
認知や寝たきりを予防することも大事です。

しかしそれに加えて、
もう一つ大事なことがあると思うのです。

記事には、100歳になり、
施設に暮らしている山本さんのことが書かれていました。

 

「部屋の壁には、
100歳になったときに内閣総理大臣から送られた
祝い状が飾られていた。長寿を祝う内容で、
「慶賀にたえません」の文字が見える。
しかし、山本さんは別れ際にこう漏らした。」

といい、そして山的さんの言葉として、

 

 

「いつまでも生きているのは、おかしいですよ。
何も悪いことしたわけじゃないけど」

 

と記されていました。

記事のこの言葉に触れたときに、
母が以前ぽつっと漏らした言葉が頭をよぎりました。

「自分の最後を自分で決められれば
そんな幸せなことはない」

というものでした。

誰もが避けて通りたい問題だと思います。
しかし、
「安楽死」の問題はもっと議論を進める必要がある気がします。

その弊害があることも十分承知しているつもりです。

本人が意図しないにもかかわらず、
周囲からそれを求められる怖れがある、
そういう反論が必ず出てきます。

もっともな言い分です。

しかし、
何事も変えたくないのが行政です。
リスクをとりたくありません。
面倒なことは避けたいのです。
現状維持が最善です。

上の反論は、そんな人たちにとっては大いなる味方です。
さらには宗教上のオモワクも絡んできます。
すると、いつもここで「安楽死」の議論はピリオドです。

でもここらあたりで、
タブーの領域にも踏み込んで、
議論を始めなければいけない
そんな状況に来ているのではないかと思うのです。

日本の高齢化社会のそれだけ深刻だと感じます。

母はこうも言っていました。

「最後を自分で決められるのであれば、
それでこそ今を安心して生きられる」

と。

思い出すたびに悲しい気持ちになるとともに、
それはひょっとしたらむしろ希望の光なのかもしれない、
そんな気もしてくるのです。

 

 

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